2024.11.19

HRカンファレンス2024春 事業構造転換の渦中にある日本旅行から学ぶ「エンゲージメント戦略的活用」による人的資本経営の築き方

昨今、エンゲージメント向上に取り組む企業が増えている一方、効果を感じている企業は一部。

その背景には、向上施策が事業戦略と紐づいておらず、調査から施策まで一貫した取り組みができていないことがあります。

2024年5月に行われたHRカンファレンスでは日本旅行様をお招きし、旅行業界全体がコロナ禍の影響を受ける中で、エンゲージメントを戦略的に活用しながら抜本的構造改革を推し進め、「顧客と地域のソリューション企業グループ」を目指す事例をご紹介しました。

本レポートでは、講演の内容をダイジェストでお伝えします。

登壇者紹介

喜田 康之 氏
株式会社日本旅行 常務取締役 兼 執行役員 グローバル戦略推進本部長

石橋 真
リ・カレント株式会社 代表取締役社長

問題意識の共有:
エンゲージメント向上施策に効果を感じている企業は2割以下

人的資本を高める上で欠かせないエンゲージメント。
社員のエンゲージメント向上は企業にとってますます重要度を増しています。

しかし、エンゲージメント向上施策を実施している企業は3割程度。
かつ効果を実感できているのは全体の2割以下に留まります。

また、エンゲージメント向上施策に取り組む企業からはこんな声も聞かれます。

「会社としてはできることを進めているが、社員からは『会社は何もしてくれない』と不満がでている」

実際に、エンゲージメント向上施策の実施率を役職別に見てみると、管理職は約半数が「実施されている」と回答したのに対して一般社員は25%ほど。
施策実施に対する認識には倍近い差が見られます。

こうした状況の背景には、エンゲージメント向上施策が現場目線で考えられておらず、一般社員にまで浸透していないという問題があります。

今回の講演では、株式会社日本旅行 喜田様より同社が取り組んだエンゲージメント向上施策デザインとその社内浸透のポイントを伺いました。

日本旅行様 事例紹介:
「エンゲージメント戦略的活用」による人的資本経営の築き方

顧客と地域のソリューション企業グループという企業ビジョンを掲げる株式会社日本旅行(以下、日本旅行)は、若年層社員の定着率向上や全社的な人手不足を解決すべくエンゲージメント向上への取組みをはじめたといいます。

また、コロナ禍によって旅行業界全体が打撃を受ける中で、企業ビジョンに基づいた事業転換を図ったことも大きな理由の一つになりました。

喜田氏「私ども特有のコロナ禍での課題ということで、現在新しい事業分野に進出をしております。しかし、旅行が好きで当社を選んでくれた会社の社員からしますと、少しモチベーションがダウンしているんじゃないかという懸念がございました。
その状況を知りたいということも今回の大きなきっかけとなってございます。」

エンゲージメント向上施策 2つのポイント

こうして日本旅行の全社的なエンゲージメントへの取組みはスタートされました。
同社で実施されたエンゲージメント向上施策が社員に広く浸透し、経営戦略とも紐づいたものとなったキーポイントは大きく2つあります。

ポイント1:社内に向けた広報活動を取り入れて、エンゲージメント向上活動に関する社内での認知・理解を促進する

ポイント2:会社・職場・上司・職務の4領域で解決策をデザインし、それぞれが自立して推進できるようツールを整備する

講演内ではそれぞれのポイントについて、実際の施策を例にご紹介いただきました。

中でも関心が集まったのは、エンゲージメントと人的資本経営との結びつきについてです。

喜田氏「私どもは営業を生業としている会社でございますので、従前から人材ということが最も重要な経営資源として位置づけて経営をしております。
しかしこれまでは、人員配置、モチベーション管理、人材育成が主要な施策であり、人的資源管理にとどまっていたというのが実態でした。

従来型の旅行業、いわゆる労働集約型の事業を行う意味では、いわゆる人という資源の量を確保してそれを管理するということが大きなポイントでございましたが、これから社会課題解決事業、いわゆる知的創造型事業を実施しようという面では、やはり人材の質の向上とその生かし方にこだわった経営に移さないといけないと考えてございます」

こうした観点から、日本旅行では人的資本経営を目指して、経営人材の育成やキャリアアップ(リスキリング)、ヒューマンリソースデータの活用やダイバーシティ&インクルージョン、社員エンゲージメントなどのテーマに取り組むこと。
また、それらの取組みを通して意識・組織・風土が三位一体になるようバランスよくアップデートし続けることを重要視しているといいます。

喜田氏「特に、風土においてはワークエンゲージメントが関連してきます。そのため、人的資本経営に向けた取組みの1つの柱としても、弊社はエンゲージメントに取り組んでいきたいと考えております」

人的資本経営に向けた取組みの1軸として経営戦略とも紐づけられながら、日本旅行ではエンゲージメント診断の結果を参考に、会社・職場・上司・職務の4領域でエンゲージメント向上施策をデザインしました。

エンゲージメント向上施策は、人事制度やオフィス環境といったハード面から、人材育成・コミュニケーション促進・パーパス浸透といったソフト面まで幅広く検討が必要となります。
それゆえ、施策展開の領域が偏ったり社内広報が不十分であったりすると、「せっかく思いを伝えたのに、会社は何も応えてくれない」と社員の不満を招きかねません。

だからこそ、今回ご紹介した日本旅行の事例で見られた「社内に向けた広報活動」と「領域を広く見据えた施策デザイン」の2点は、社内の理解浸透を得ながら施策を進めるキーポイントとなったのです。

エンゲージメント向上施策による変化

では、こうした取組みによって社内にはどのような変化が生まれたのでしょうか。

同社のエンゲージメント診断結果分析ならびに管理職研修の講師を務めたリ・カレント石橋講師も交えて、社内での変化や反応を伺いました。

経営層「合理的な意思決定の手助けになった」

まず、喜田氏からは執行役員の一人として経営層の立場からお話しいただきました。

喜田氏「今回、エンゲージメント調査を実施しまして、 非常に大きな成果があったと思っております。

実は、結果自体はある程度我々としても感じていた内容でした。
ただ、それが鮮明に可視化できたというところに大きな価値があると思っております。

なんとなく課題を感じていた点が数値で明確になったことは、その後の対策を練る際に、合理的な意思決定をするための非常に強力な手助けになりました。

やはり経営層としての立場から見た場合には、会社としてできるだけ合理的に問題点を整理し、注意義務を果たせるような施策であることが非常に大事になってきます。
そういった意味では、この調査があったからこそ、対策がしっかりと整理ができたのではないかと思っております」

管理職層「エンゲージメントについての基礎理解が深まった」

また、管理職層においては、エンゲージメント診断のスコアを参考に、それぞれの部署の状態に合わせて対策を検討する研修をリ・カレントにてご支援しました。
当該研修にて講師を務めたリ・カレント石橋からは、研修内での受講者の様子が語られました。

石橋「正直な話をしますと、自部署のスコアが低く出てしまった管理職の方々の受け止め方は、最初のうちはかなり深刻な雰囲気がございました。

けれど、エンゲージメント診断から得られたデータをしっかりと事実として読み取って、どうしていくべきかと腹落ちしてきますと、非常に前向きな表情になり具体的にこういったことを実践したいといったお声をいただけました」

管理職からすると、エンゲージメントという言葉に触れる機会は増えているものの具体的な理解にまでは至っていない、という方が大多数でしょう。

そのため、研修でエンゲージメントについての基礎理解が深まったという声が多かったと喜田氏はいいます。

喜田氏「エンゲージメント診断の結果が出たところで、ではそれをどう扱うのかというのが実は難しいところでございました。
そういった意味で、管理職から診断結果をどう読み取ってどう使えばいいのかということに関して有用な研修であったというお声があったことが、今回の管理職研修における成果ではないかなと思っております」

一般社員「社長に直接意見が言える機会がモチベーションに」

一般社員については、実施された施策に対する反応が大きかったといいます。

特に、社内のコミュニケーション促進のために導入された社長とのダイレクトトークは当初の想定を超える効果が見られたそうです。

喜田氏「現場の社員からすると接する機会がなかなか無い、会社のかじ取りをしている社長に直接自分の意見が言えたということも含めて、かなりモチベーションが上がったという声が出ております」

一方で、エンゲージメント診断の実施時期が別の社員アンケートと重なったことに対するネガティブな反応も一部では見られたといいます。

しかし、先述した社内に向けた広報活動を事前に実施していたことで、エンゲージメント診断の目的・内容・意義が伝わり、全般的に理解を得られた状態で施策は進んでいったとのことです。

日本旅行 喜田氏が考えるエンゲージ向上施策 今後の課題と取組み

エンゲージメントを戦略的に活用しながら、人的資本経営に向けて意欲的な取組みを続ける日本旅行。
しかし、まだ明確な答えが見つかったわけではないと喜田氏は語ります。

今回ご紹介いただいた内容を踏まえて、実際に施策を実施したことで見えてきた今後の課題と取組みについて伺いました。

1.課題の検証と立案

今回の事例の中で使用したエンゲージメント診断「E³サーベイ」では、部署や役職、職制などさまざまな観点での結果抽出が可能です。

改善施策を検討する人事・経営層の立場としては原因追及をしたいところですが、いわゆる犯人追及のようになってしまっては社員の心理的安全性が担保できません。

改善点についてのデータは正確に読み解きつつも匿名性を担保すべきだという点が、今後の施策立案を進める上での悩ましい課題となっているようです。

2.実行性/有効性/適量の担保

改善点から立案した施策を進めていく中で、道半ばで施策が立ち消えてしまう……。そんな状況を経験した方もいらっしゃるのではないでしょうか。

日本旅行では改善策実践の継続のために、次の3つの観点で施策の実施状況を確認するよう試みていくと話されました。

実効性:各職場で実行できるものか

有効性:実際に効果が出るものか

適正量:詰め込みすぎになっていないか

3.改善施策への早期着手

最後の課題は、日本旅行の風土に由来してのものだと喜田氏はいいます。

営業活動が優先されやすい職場風土がある中で、いかにエンゲージメント向上施策を後回しにさせないか。
人事と役員・経営層が協働して、早期着手を促す必要があると考えているとのことです。

まとめ:エンゲージメントは万能薬ではない

今回の講演では、日本旅行様の事例をもとに、エンゲージメントを経営戦略に紐づけながら「働き甲斐・働きやすさ」両軸の実現を目指した事例をご紹介しました。

本記事がエンゲージメント向上に取り組む皆様の参考となれば幸いです。

最後に、講演にご参加いただいた皆様からも熱く共感を集めた、喜田氏の言葉をお届けします。

喜田氏「エンゲージメントという言葉は、なんとなく万能薬のようにも見えます。
けれども、やはり各社の症状に応じて使い方は異なると感じております。

自社に適した処方箋は試行錯誤を繰り返していく中で自ら見つけていく他はないというのが正直な感想でございます」

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