2024.07.12

未来のあたりまえをつくる 大日本印刷(DNP)のD&I戦略

2023年より人的資本情報の開示の義務化、骨太の方針など、政策的な動きがある中、各社のダイバーシティ&インクルージョン推進(以下、D&I推進)が本格化しています。
しかし一方で、実態としては従業員が効果を感じられておらず、各社推進には苦戦しているようです。

(リ・カレント株式会社「ダイバーシティ&インクルージョンに関する意識調査」,2024)

 

こうした状況に対して、意欲的な取組みを続けている企業ではどのような施策をとっているのでしょうか。

2024年6月に行われたビジネスイノベーションJapan2024夏では、大日本印刷株式会社より、初の生え抜きの女性取締役としてD&I推進を牽引する宮間三奈子氏をお招きし、同社のD&I推進に関するお取組みについてご紹介いただきました。

「人的資本ポリシー」を掲げ、多様な個を活かすというD&I推進に力を入れている大日本印刷株式会社(以下、DNP)。
全社をあげての企業文化の変革にあたって、どのように経営層や現場を巻き込んできたのか。具体的な施策やその変化についてお話しいただきました。

本記事では、講演の様子をダイジェストでお届けします。

登壇者紹介


大日本印刷株式会社 常務取締役
宮間三奈子 氏

DNPが取り組む価値創造:非財務資本の強化

印刷事業を主に、昨今はデジタルフィルムやペットボトル、スマートフォンに用いられるバッテリーパウチなど、印刷技術を起点として様々な分野へ技術の進化・発展をし続けているDNPは、経営の基本方針においても「未来のあたりまえをつくる」をブランドステートメントとして掲げています。

今年に入ってからは一層積極的に経営方針や中期経営計画の対外的発信を行われており、「人と社会をつなぎ、新しい価値を提供する。」という企業理念のもと、非財務資本の強化に取り組まれています。

また、世の中で人的資本開示が進む中で、同社における普遍的・基本的な考えをまとめた人的資本ポリシーを策定・公表されたことはHRに関わる人々の中で話題を呼びました。

今回ご紹介いただいた「多様な個を活かすD&I推進」についても、この人的資本ポリシーに基づき、人への投資を企業価値の向上に明確に結びつけていくための施策軸のひとつとなっています。

なぜ組織にD&Iが重要なのか:DNPのD&I推進戦略

D&I推進担当者のよくある悩みとして、推進の必要性について経営層や管理職層の理解・協力が得られないという声はよく聞かれます。

DNPでは、この難点をいかに解消したのでしょうか。
ポイントとなっているのは経営戦略とD&I推進の紐づけです。

多様性に乏しく同質性や均一性の高い組織や意思決定層では、新しい価値が生まれにくく、また、致命的な失敗につながる盲点を見抜きにくくなります。

DNPでは一人ひとりの「違い」を尊重し、互いに受け入れ、その多様性を活かすことによるイノベーションの創出をD&I推進の目的としており、先述した企業理念「人と社会をつなぎ、新しい価値を提供する。」の実現と紐づいた目的設定がなされています。

また、社長によるダイバーシティ宣言も特徴的な取組みの一つです。

(大日本印刷株式会社 企業サイト内「ダイバーシティ&インクルージョン」より引用)

 

宮間氏「私どもは2020年に北島社長にこのダイバーシティ宣言をしていただきました。
そして、社員1人1人がダイバーシティを構成する一因であり、成長の源泉であるということを、社員にメッセージとして繰り返し伝えています。
たとえば年始や年度初めの社長メッセージはもちろんのこと、 新任管理職研修に社長が自ら登壇し、D&I推進の重要性や会社として経営課題と見て取り組んでいるんだということを伝えています」

また、D&I推進についての中期ビジョンとして「インクルージョンが当たり前になっている状態」を掲げており、DNPグループに昔から根付いた「挑戦する」という文化をより奨励する形でインクルージョンが実現されるよう目指しています。

(大日本印刷株式会社 企業サイト内「ダイバーシティ&インクルージョン」より引用)

 

ダイバーシティやインクルージョンといった言葉だけでは理解しづらい層に対しても、トップ自らが関わる姿勢や自社の文化や風土を踏まえた実現イメージを示すことでD&I推進の必要性を浸透させる。
そうした緻密な取組みの積み重ねが、宮間氏のお話から伝わってまいりました。

女性管理職の育成を通し、役員層の意識改革へ:DNPの女性活躍推進

1997年の男女雇用機会均等法の改正をきっかけとした女性活躍推進への取り組みに端を発し、真のダイバーシティ実現を目指して障害者やLGBTQなどさまざまな社員の活躍を目指す形へと、DNPのD&I推進は発展を遂げてきました。

講演では、その一端として弊社リ・カレントにて一部施策をご支援している女性活躍推進についてもご紹介いただきました。

宮間氏「社員1人1人として男性・女性は関係がないものの、やはり企業という意味では長い歴史の中、男性社会で成り立ってきました。
その中で多様性を考えますと、社内の最も多いマイノリティー集団は女性であるという観点から、女性の皆さんが活躍することを目指そうと取組みをスタートしております」

DNP全体における女性社員比率は現在23.4%。
リーダークラスにおける女性社員比率は24.5%に増えつつあるものの、課長職・部長職といった管理職層については10%ほどとのことです。

DNPは、「意志決定層である役員(執行役員含む)において女性比率を30%にする」という目標を掲げています。それに向けて、部長クラス以上に継続して登用できる人材を増やすため、一律の管理職比率ではなく、「課長クラス」、「リーダークラス」と、各層ごとの目標も設定し、パイプラインの拡大を図っています。

こうした女性活躍推進において、女性社員への取組みと同等に重要となるのが既任管理職層・役員層の意識改革と巻き込みです。

実際、社内での管理職向けマネージメントフィードバックから得られたデータを管理職登用への説得材料に取り入れているといいます。女性管理職に対する部下の評価スコアが高く、マネジメント適性が十分にあることを数字で示し、上層部も女性自身も管理職登用に対する意識を変えていく試みです。

部長、本部長クラスへの登用に向けては、管理職課長及び部長の女性を選抜し、役員登用へのパイプライン構築に向けた「スポンサーシッププログラム」を実施しています。女性対象者を部門長が推薦し、オーナーとなり、他部門の役員クラスがスポンサーとなり、半年間にわたり計画書に基づくリフレクションと面談を実施し、経験の機会と上位職の視座視点を与えています。

リーダークラスからのパイプラインの拡大に向けては、リーダークラスの女性社員全員に、キャリアビジョンを早い段階で持ち経験を積めるよう、「実践型リーダーシップ研修」を実施しています。約半年間に渡り、講義と職場実践を繰り返します。研修間の学びのグループ活動には、他部門の本部長クラスがアドバイザーに入りつつ、その本部長たちも女性の声を、部門のD&I施策に繋げています。

成果と課題

では、こうしたD&I推進の取組みを経て、どのような成果が表れているのでしょうか。

非財務資本に対する施策の効果測定は目に見えづらい点もありますが、DNPでは外部コンサルティング会社の助力を得た価値関連性分析によって、投資や各施策の成果と企業価値向上の相関を実証しています。

しかし外部評価においては、「取組みは進みつつあり、実績は 出始めているもののまだ十分ではない」といった結果もあります。
社内のアンケートにおいてもDNPグループのダイバーシティ実感度は86%となっていますが、職場の変化、職場の心理的安全性が「良くなっている」「高い」と回答しているのは3割に満たない状況となっています。

取組みが一定以上の評価を受けていても実際の職場変化となると反応が鈍る、という課題は、人それぞれの価値観や課題意識の影響が強いD&I推進にとっては、避けては通れないものとも言えるでしょう。

こうした結果を受けて、DNPでは二つの打ち手を進めているといいます。

一つは全社員に向けたアンコンシャスバイアス研修です。
無意識の思い込みが組織の意思決定に与える影響を、自分を主語に考えることを目的に実施されています。

そしてもう一つの打ち手が、ダイバーシティウィークの実施です。
社内アンケートで見られた「自分ごとになっていない」人達やD&I=女性活躍という思い込みを持っている社員に対しても、組織全体での理解を広げて風土を醸成する試みとなっています。

2020年度から実施されているこのダイバーシティウィークですが、WEBサイト等での告知を行っていても社内アンケートでは「こんな講演をやっていると知らなかった」との声も多かったとのことです。
そこで、全社員のスケジュール管理ツールに講演日時をインバイトしたところ、当初1000人程度だった参加者が1万4000人にまで増えたといいます。

D&Iを推進するうえでは、施策を企画・実施するにとどまらず、地道な認知・浸透が重要であることが表れたエピソードでした。

まとめ:「自社ならでは」のD&I推進の必要性

弊社リ・カレントが多くの企業様と関わる中で見えてきた、D&I推進がうまくいっている企業の共通項は「役員・経営層との合意を得られている」ことです。

宮間氏からは、「自社ならでは」のD&I推進の必要性や実現イメージを経営層や社員に浸透させるための工夫と実践から得られた知見に富んだお話をお聞かせいただきました。

企業理念や風土に紐づけたD&I推進の目的・ビジョンを描く、社長自らが関わる姿勢を示す機会を繰り返しつくる、など具体的な行動案も、D&I推進担当の皆様のご参考になるものと存じます。

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