内発的働き方改革|リ・カレント人事志塾谷口講師
2019.10.31

個人と会社の未来を築くイノベーティブな「働き方改革」の進め方~制度・ルール先行の“外圧”施策から、個発信の“内発”型組織開発へ~

2019年4月に働き方改革関連法案が施行され、生産性向上に向けて多くの会社で業務効率化や、残業削減などの取り組みが行われています。しかし、本当に「働き方改革」は機能しているのでしょうか。短期的目標が重視され、形式上の改革にとどまっている会社も多いのではないでしょうか。

本講演では、「働き方改革」をテーマに、現状の課題を共有したうえで、働き方改革の問題の本質とは何か、その解決に向けたアプローチについて、人事のみなさまにお集まりいただく人事志塾という形で、リ・カレントの谷口講師のファシリテーションのもと参加者の人事のみなさまと検討しました。

内発的働き方改革|リ・カレント人事志塾谷口講師

講師・ファシリテーター/リ・カレント株式会社取締役 谷口龍彦
過去に、人事制度構築で20社以上携わり、管理職を対象とした研修や大手企業向けの組織開発コンサルティングなど、1000件以上の組織課題解決実績を持つ。グローバルな組織での新規事業創造経験、女性部下だけのチームを率いた経験を持つなど、ダイバーシティマネジメントに優れ、リアルな体験が共感を生むと高い評価を得ている。

働き方改革はなぜ進まないのか? 問題の本質は「体質の変革」にあった

実際に働き方改革で行われている施策の例を見てみましょう。在宅勤務、テレワーク、ノー残業デー、残業の削減、時間年休、フレックスタイム制、有給取得の向上……。これら時間当たりの生産性向上、無駄な業務の削減を目的として、勤務時間や勤務場所、給与体系などの工夫を行っている会社が多くあります。しかし、実際に業務削減の指揮を執るべき上司や部門責任者が現場の仕事を理解せず、一般社員が業務削減などの働き方を自分で考えなければならないということが現実にあります。

今回の人事志塾は、2チームに分かれた参加者のグループディスカッションからスタート。
まずは、

①現状会社で取り組んでいる働き方改革の取り組み
②現状までに得られた成果
③現在の課題

の3点について共有しました。

片方の参加者からは、「残業削減に取り組んでいるが、業務の効率化が検討されないまま業務時間だけ減らされ、現場にプレッシャーがかかっている」という問題があげられました。「労働時間以外の指標による給与体系に見直す必要がある」という課題をもちつつ、講師の谷口からは、「結果的にそのような取り組みが社員にとってプラスにならなければいけない。頑張っても給料が減るだけとなると、どこに問題があるのかを見極めて解決しなければならない」という指摘がありました。

もう一方の参加者からは、それらの取り組みに加えて在宅勤務を取り入れ、リモート会議システムなどの環境を整えている一方で、対面のコミュニケーションが減ることによるチーム力維持の課題や、上司の理解度によって部署間で取り組みができる度合いが異なるという問題があげられました。

参加者のシェアからもわかるように、ただ制度を設けるだけでは、本質的な問題は解決しません。働き方改革に関する問題の本質は、「体質の変革の問題」にあります。体質の変革の問題は、企業経営の最も重要な問題であり、現場の幹部や、一般社員ではなく、経営陣も含めて取り組むべき問題です。

しかし、経営陣は各部門の幹部に、幹部は一般社員にこれらの責任を転嫁をしていることが多いのが実情です。経営陣は、各部門で生産性が高まるマネジメントをすることを幹部に期待し、幹部は一般社員に対し生産性の高い仕事をすることを期待する。一般社員は、自分の仕事が忙しいあまり、生産性を高めるための施策を考える余裕はありません。

このように、「他責思考、被害者意識を持っている状況では、働き方改革にむけて一致団結し取り組むことは難しいと言わざるを得ない」と谷口講師は指摘します。

働き方改革で取り組むべき中長期的目標は組織のイノベーション体質への変革

ここで、なぜ働き方改革が必要なのかを考えてみましょう。

業務効率・労働生産性を向上させることは一つの目標です。しかし、それは短期的な目標にすぎません。参入企業が増え、企業の優位性が失われている場合、いくら労働生産性を向上させてもコスト競争が激しくなるばかりです。本当の課題は、自社のビジネスモデルを変革し、新しい価値を提供できる商品やサービスを生み出すようなイノベーションを起こすことなのです。

一般的に、働き方改革を実施した企業のうち、半数弱の企業が長時間労働者・労働時間の減少の手応えを得ていますが、業務効率・労働生産性の向上を実感している企業は3割にとどまります。また、イノベーションの進展に関しては目立った成果を与えられていません。

『働き方改革』の推進に関する実態調査

出所:リクルート社『働き方改革』の推進に関する実態調査2017

 働き方改革の根本的な目的は「企業体質の改革」です。それを踏まえて中長期的な目的に目を転じると、企業が激変する環境の中で生き残れなくなりつつあるなかで、今後の変化、環境の変化、時代の変化の中に適応していく組織を作るとことが、働き方改革の狙いのひとつであると谷口講師は指摘します。

働き方改革を進めなければ、激変する環境で日本企業は生き残れない

今、世界はAI・デジタルの発展に伴い急速に変化しています。AIが人間の知性を上回るシンギュラリティの到来は2045年に迫り、テクノロジーがビジネスの在り方を大きく変えようとしています。

実際、業種別の世界時価総額を比較すると、平成元年に圧倒的1位であった金融業を覆し、平成31年にはIT・通信業が躍進しています。ITに出遅れた日本は、平成元年の世界トップ50のうち32社日本企業がランクインしていたのに、平成31年時点でトップ50のなかでも、日本企業は43位に1社残るのみ。労働力で収益性を確保する構造自体が崩壊し、激変する社会の中で生き残るためには、会社の基本的な経営そのものを改革しなければならないということです。

例えば、MaaS(Mobility as a Service)と呼ばれる自動運転市場が成長しています。2017年に4兆円といわれた市場は、2025年には10倍に成長するといわれています。交通機関や物流が自動運転になると、運転手の人手不足問題もなくなります。このMaaSビジネスの覇権争いが世界中で起こるなか、まだMaaS市場に日本企業の名前はほとんどなく、世界との差がますます広がっています。

このような事例からも、日本の企業はイノベーションが起こる環境に適応できていない。その理由として、上意下達、一方通行の従来型コミュニケーションが原因のひとつだというわけです。

VUCA時代のあるべき組織風土は縦横無尽のネットワーク型コミュニケーション

コミュニケーションが及ぼす影響として、谷口講師はアメリカ軍を例にあげました。アメリカは近現代において最強の軍を持っていて、第二次世界大戦までの戦争においては全戦全勝。しかし、第二次世界大戦以降、軍と軍の戦いから軍ではないゲリラとの戦いに戦い方が変化し、これまで機能していた上意下達・一方通行のコミュニケーションが通用しなくなり、アメリカ軍は劣勢に傾きます。

VUCA時代のあるべき組織風土、ネットワーク型コミュニケーション

これは企業も同じです。上司のいう事を部下はただ聞いていればいいというスタイルは時代遅れです。上意下達の組織風土では、初めてのことをやろうとすると「それの実例はあるのか。本当に儲かるのか。データを出せ」となってしまいます。「新しい取り組み、イノベーティブなことに過去のデータななどないでしょう」といっても、「いや、そんなことは駄目だ。はっきりエビデンスを」……このような会社には新しい価値を創造することはできません。

働き方改革における氷山モデル “外圧”による施策と“内発”による気づきの違い

では、この激変する環境に適応し生き残るために組織はどのように変わっていくべきなのでしょうか。

働き方改革を氷山モデルで考えてみましょう。組織を氷山に例えると、水面から上は、目に見えやすく、変えやすいものです。仕組み・組織体、業務プロセスなどがこれにあたります。一方、水面の下は、コミュニケーションや判断・行動特性、パラダイム(ものの見方)などの組織の風土であり、目に見えず、変えにくいものです。

働き方改革では、水面下である組織風土の部分にも着手しなければ、本質まで変えることができません。

働き方改革における氷山モデル;自ら内発的に変わろうとして風土が変わる

目に見えやすい部分だけを変えても、各個人から見ると「外圧」にしかなりません。いろんなルールや規制を設けても、社員は一番手っ取り早い方法で対処をするにとどまり、無駄な資料や打ち合わせが増えるばかりという結果になります。

例えば「組織のメンバーに目標意識を持たせ、マネジャーがそれに対してフィードバックしながら全体で目標をシェアして進んでいく組織をつくりたい」と考えた時に、多くの企業で行われているのは「目標管理制度」という「外圧」をかけることです。人は外圧を受けると、合理的にエネルギーを使わずに対処しようと考える。目標設定でいえば、目標設定シートを埋めるだけに留まり、本質的な目的意識は変えられません。

働き方改革を成功させるためには、水面下にある企業風土を変えなければなりません。そのためには、社員一人ひとりが、「内発」的に変わろうと意識を変える必要があります。

外圧の技術的問題と内発の適応課題

残業削減や週休3日など、見えやすいものは、外圧=技術的問題にすぎません。外圧は「残業時間」など見えやすい問題でなので、定義しやすく、既存の技術、知識、経験により短期間で解決できます。一方、内発の課題は、何が問題なのかの合意が難しく、解決方法も社員一人ひとりの価値観、信念、役割、マインドセットの変化が必要になるため、長期的に取り組む必要があります。

既存の技術や知識、経験で短期的解決が可能な外圧=技術的問題は「相手を変える」対応です。問題は全員が自分の問題でなければいけないのに、経営陣は社員を変えようとする、幹部はメンバーを変えようとする。メンバーは会社が変わらないといけない……と言っているのに、他責の問題で相手を変えよう、相手を変えようとするため、誰一人自分が変わろうとはしないため、本質的な問題は解決しないということが起こります。

ハーバード・ケネディスクールで25年間「最も影響を受けた授業」に選ばれ続けるリーダーシップ論のロナルド・A・ハイフェッツ教授は、ここでいう外圧を「技術的問題(Technical Problems)」、内発を「適応課題(Adaptive Challenges)」と表現し、今組織改革に必要なのは「適応」であると述べています。

<外圧の技術的問題と内発の適応課題>

外圧の技術的問題と内発の適応課題(ハイフェッツ教授)

(『最難関のリーダーシップ 変革をやり遂げる意思とスキル』ロナルド・A・ハイフェッツ他著を参考に作成)

 この氷山モデルに当てはめて、会社の状況を思い返してみてください。承認プロセスや報告書の作成という外圧のために上司・部下で話す時間がとれないと言う背景には、「スキル不足の部下に頼むより自分でやったほうが早い」、「上司に頼まれたら意味のないことでも黙ってやるものだ」という判断特性や思い込みがありませんか。

また、多くの組織においては、目の前の目標を達成することが評価される仕組みになっています。そういった組織のなかで変革を起こすには、必ず上司や家族など周りとの軋轢を克服しなければなりません。しかし、それらの軋轢を克服しても得られるものがほとんどない状況では、イノベーションが起こるはずがありません。

働き方改革は、これまで大切にしてきた価値観を変える取り組みです。必ず軋轢を生みます。この変革を成し遂げるためには、各職場のキーとなる人を見出し、一緒に変革を進めていく覚悟をもって取り組まなければならないと谷口講師は指摘します。

働き方改革を適応課題の4類型から現状課題をとらえる

働き方改革を進めるうえで、適応課題にはさまざまなパターンがあります。ただ、適応課題の4類型を理解し、自社の状況に当てはめることで、適応課題の発見と状況診断がしやすくなり、「技術的問題」との区別も容易になります。

働き方改革における適応課題4類型(参考:ハイフェッツ)

(参考:『最難関のリーダーシップ 変革をやり遂げる意思とスキル』ロナルド・A・ハイフェッツ他著)

なぜ働き方改革に取り組むのか|人事志塾・谷口講師

事例から見る内発型働き方改革に向けた取り組み

実際に内発型働き方改革を進めるには、中長期的なビジョンと合致したイノベーションを掲げ、イノベーションが起きる組織に必要な自由闊達に意見を交換できる風土を作る必要があります。
そのために、リ・カレントが支援した事例では下記のような施策を行っています。

1.時間調査での“見える化”(現状把握)
 ・時間調査の項目策定ワークショップ
 ・調査実施~集計~分析
 ・マネジャー向け  ガイドブック作成
 ・ 調査と連動した マネジャー研修の実施

2.部門長・事務局との認識合わせ(実態共有)
 ・実態の共有
 ・取り組みゴールと解決したい自部門の課題に向けた対話ワークショップの実施

3.当事者同士の対話・ワークショップ(プロジェクトチーム発足)
 ・実態の共有
 ・自部門の課題について語るワークショップの実施
 ・プロジェクトチームの立ち上げ

4.実践
 ・プロジェクトチームによる実践
 ・解決に向けたコンサルティング支援
 ・進捗共有会の実施

5.上下間での対話

【事例】内発的働き方改革にむけた取り組み|リ・カレント事例

【事例】働き方改革・時間調査による見える化|リ・カレント

ここまでの話を受けて、参加者からは次のような感想が出ました

・適応課題として感じていることは、どの企業も似通っている。組織風土を変えるための根幹として、オペレーション体質を変える必要がある。新しく何かに取り組もうというときに、改善していくこと自体の意味を自分達で考えなければいけないと気付いていないことが現在の適応課題である。

・仕事の意味や価値を考えない「やらされ感」のある社員がいることを課題だと考えていたが、上司がそれを説明せずに「考えろ」と押しつける風土になってしまっていたことがそもそも課題であった。

谷口講師からは、「やらされ感」のある社員がいるのは、そもそも上司が考えていないから。「なぜこの仕事をするのか」と意味を問われると、上司は自身のこれまでの仕事を否定された気持ちになるという指摘がありました。

働き方改革における事務局の役割とは

ここまで、谷口講師から、「働き方改革に本当に重要なのは内発的な取り組みである」ということが説明されてきました。では、働き方改革に取り組む事務局はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。

事務局が直接社員に働きかけたのでは、結局やらされているという外圧にしかならず、内発的な取り組みにはなりません。ここで、人事部などが技術的に無理に変えようとすると、結局は外圧になり組織の敵対者になってしまいます。組織のなかで人事が敵対者になってはいけません。

「事務局は全体の設計や企画を行ったうえで、推進リーダーを任命・育成し、部署の働き方改革は部署に一任して、サポートすることに徹するべき」と谷口講師は強調します。

最後に、谷口講師から米国の大学時代のエピソードが語られました。

「米国の大学で心理学を学んでいた際の経験をお話しします。ある教授が世界の民主主義国家を黒板に書きました。その中に、日本が入っていませんでした。私は、なぜ日本が入っていないのかと質問したところ、米国の教授は日本は民主主義ではないというのです。

民主主義では、一人一票をもって意見する権利がありますが、日本は社会システム上、企業・組織の誰かの意見で決まってしまい、それに従わなければいけない風土があるからだと。

みなさんの会社では、誰もが意見を言える文化があるでしょうか。上意下達が当たり前になっていないでしょうか。これから先の働き方改革では、自社に深く根差した文化に取り組まなければなりません」

セミナー終盤の参加者同士のシェアでは、組織風土自体を変えるためには、全社一律で制度やシステムを押し付けるのではなく、社員一人ひとりが自分に合った働き方改革を考えるよう継続的に投げかけることが重要だという声があがりました。

リ・カレントでは、働き方改革の全体設計や推進リーダー育成支援など、チームが一丸となって取り組みを進めるための支援を行っています。今回の働き方改革の本質的な問題の視点、それを解決するための内発的な取り組みを設計するための事務局の役割について、少しでも解決の糸口になれば幸いです。

リ・カレントが実際にご支援させて戴いた、働き方改革の事例資料を以下のフォームからダウンロードいただけます。

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